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福岡高等裁判所 昭和23年(ネ)203号 判決

主文

原判決を取消す。

被控訴人等の申請はこれを却下する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。

この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は主文第一項乃至第三項と同旨の判決を求め被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、被控訴代理人において仮りに団体協約が失効しているとしても企業の同一性に変更ない限り新協約の成立までは旧協約と同様のものが慣行として存続するものであつて無協約状態にはならない。若し然らずとすれば就業規則も亦その効力を失つたものといわなければならないと述べ、控訴代理人において右主張はいずれも法律上理由がないと述べた外いずれも原判決書当該事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。(疎明省略)

理由

被控訴人吉村益郎は昭和十年五月控訴会社に入社し整理部員同毛利広は昭和十七年一月同会社に入社し社会部員、同中屋祥二は昭和二十一年五月同会社に入社し人事部員としていずれも同会社の小倉支店俗に西部本社と称する同会社の事業場に勤務し新聞労働者を以て組織された全日本新聞労働組合の組合員であり同組合の控訴会社を職場とする朝日支部同会社の西部本社を職場とする西部分会に所属し被控訴人吉村は西部分会の執行委員長同毛利は副執行委員長同中屋は会計幹事の任にあつたこと、右組合と控訴会社との間に昭和二十三年十月八日新給与体系に関する交渉成立し昭和二十一年十一月を基準として年齢給、家族給、能力給、勤務給決定しこれをその後の物価上昇率に応じてスライドさせることに決定していたところ昭和二十三年九月分のスライド率につき会社は四、一を組合は四、三を各自主張して対立していたが同年十月十三日遂に交渉決裂して組合は同月十四日闘争宣言を発して闘争体勢に入り被控訴人吉村は西部分会の闘争委員長同毛利は副闘争委員長同中屋は闘争委員として西部分会における闘争の指導に当ることとなり組合本部の指令に基き同月十四日罷業に入つたが一旦これを中止し再び同月十六日罷業に突入し西部分会の職場に於ける印刷局活版部勤務の組合員がこれを実施しながらなお職場を占拠していたところ控訴会社は非組合員たる職員によつて新聞発行の業務を遂行すべく数名を右罷業職場に差向けたため被控訴人等指導の下に組合員が互に腕を組み合せていわゆるスクラムを組み右会社職員を取囲み同人等の業務の遂行を阻害し遂にこれを不能ならしめたこと、控訴会社が右組合員の行為は不法に会社の業務を妨害したものであるとして同月二十一日被控訴人等に対し解雇を言渡したことは当事者間に争のないところである。

ところが被控訴人等は控訴会社は右組合支部との団体協約(乙号)附属覚書第三項に「会社は正当な争議中の支部員の部署を他の如何なる者を以ても代置することができない」とあるのに違反して非組合員による新聞の発行を企図し組合員の部署に侵入しようとしたので組合員はスクラムを組んでこれを阻止したがこれは勿論正当な争議行為として行動したものであるのみならず右団体協約第三条には「会社は従業員の雇傭並びに支部員の解雇異同懲罰については組合支部の承認を求めなければならない」との定があり右協約は昭和二十一年締結され以来その侭更新しているうち昭和二十三年十月十三日会社から解約の申入があり組合は即日中央並びに地方労働委員会に提訴し目下交渉中であるから同第十四条により有効なものである従つて会社としてはいずれの観点からするも解雇権がないのであるから会社のなした右解雇は無効であると主張し、控訴会社は被控訴人等のなした所為は正当な争議行為の範囲を逸脱した違法なものであり又被控訴人等の主張する団体協約(乙号)は控訴会社が昭和二十一年十一月三十日日本通信放送労働組合との間に労働協約(甲号)を締結し同時に右協約に基いて同組合朝日支部との間に締結したものであるが同協約はいずれも既に失効し被控訴人等の現に属する全日本新聞労働組合及び同組合朝日支部との間には現在団体協約は存在しないのであるから被控訴人等の右主張は失当であると主張するので先ず控訴会社と被控訴人等の現に属する全日本新聞労働組合及び同組合朝日支部との間に被控訴人等の主張するように団体協約が有効に存続するものであるかどうかについて審究すると成立に争のない甲第一号証及び乙第一号証によれば控訴会社と日本新聞通信放送労働組合との間に団体協約(甲号)が締結され更にこれに基いて控訴会社と同組合朝日支部との間に締結された団体協約(乙号)及びその附属覚書中には被控訴人等の主張するような条項の夫々存在することが明かであるが右協約は右のように控訴会社と被控訴人等の現に属する全日本新聞労働組合及び同組合朝日支部との間に締結されたものではないから前記両組合が法律上同一性を保有するか又然らざる場合には控訴会社が後の組合に対し前組合との間に締結した協約の効力の承継を承認しない限り前組合との間の協約が後の組合において当然承継され同組合と控訴会社においてもなお効力を保有するものとは到底解することができない。蓋し終戦後我国の労働運動は急速に進展強化され企業者側は一時劣勢の状態にあつたことは公知の事実であるから此の時期に締結された労働協約につき企業者側がその改訂を主張するのは敢て理由のないことではない。現在の段階においては此の事情も右後段の場合につき斟酌せらるべきである。然るに被控訴人等は後の組合は単に前組合の名称を変更したに過ぎず前組合が解散したというのは形式だけであつて実際は発展的に統合したものであつて当時の組合員は同一組合の存続であることを信じ且権利義務一切をその侭承継することを申合せたのである従つて前組合の協約上の地位は当然組合において承継したものであるから今なおその効力を保有するものであると主張するけれども原審証人松岡孝吉の証言及び同証言によりその成立を認められる甲第七号証同第十一号証原審証人末永祥之助の証言原審証人谷正守の証言及び同証言によりその成立を認められる乙第十号証並びに被控訴人等において自認する前組合は昭和二十三年七月二十七日新組合設立と同時にこれに発展する旨の決議をなし新組合は同月三十一日前の組合員であつた赤旗社を除き新に読売新聞社外数社を加えて結成大会を開き前組合の決議を承認し同年九月七日前組合の解散届と新組合の仮設立届とを同時に提出し更に同年十月二十九日新組合の正式の設立届を提出した旨の事実を綜合すれば前組合では全国の新聞労働者の大同団結が困難であり読売毎日その他の組合が脱退しており又全国的に見て参加していないものが相当あつたので新組合ではそれを統一して大同団結をするため産別協議会から脱退し面目を一新して新加入の方式によることとしたため前組合と新組合とは根本的には思想的立場を異にしその組織綱領規約構成員等の点において相当重要な変更のあることが疎明せられるから前組合と新組合とは、縦令新組合において前組合の権利義務を承継する旨の決議をしたとしても、法律上は同一性のない別個の組合であつてすなわち前組合は解散により消滅し新組合は新に設立せられたものと認めるのが相当である又控訴会社において新組合に対し前記のような承認を与えた事実のないことも右末永証人の証言により明かである。而して支部は単一な組合の一構成分子であるから前組合が右認定のように解散により消滅した以上同組合朝日支部も亦法律上前組合と運命を共にし解散により消滅すべきは当然である。従つて控訴会社と前組合及び同組合朝日支部との間に締結された団体協約は甲号乙号共いずれも前組合の解散により当然失効したものと認めざるを得ない。なお被控訴人等は団体協約が失効しても企業の同一性に変更ない限り新協約の成立までは旧協約と同様のものが慣行として存続するものであつて無協約状態にはならないと主張するけれども前記認定のように協約の当事者に変更ある以上縦令企業の同一性に変更がないからといつて他に特別の事情のない限りこの一事によつて直ちに旧協約の内容がその侭慣行として存続するものとは認め難い。

次に被控訴人等のなした所為が正当な争議行為の範囲内であつたかどうかについて検討すると既に前段において認定したように前記団体協約がその効力を有しない以上控訴会社が組合員の罷業により業務の正常な運行を阻害されることを虞れ新聞の持つ重大性に鑑み新聞発刊の決意をなし非組合員である職員によつて操業することとし職員を必要な部署に就かせるということは組合員の争議行為に対する対抗手段として正当なものであるから組合員においては、他に特別な正当事由のない限りこれを阻止することはできないのである。ところが原審証人松村辰夫の証言同吉村正夫の証言及び同証言によりその成立を認められる乙第八号証、同黒住征士の証言及び同証言によりその成立を認められる乙第九号証当審証人米山保の証言並びに第三者の作成に係りその成立を認められる乙第五号証を綜合すれば控訴会社の西部本社の幹部等は被控訴人等指導の下における印刷局活版部の罷業に対し鳩首協議の結果最早一刻の猶予もならずとして当日午後八時二十五分頃佐甲活版部長米山写真部長新海編集局庶務部長等が活版工場に赴き四版を大組するため先づ佐甲部長が大組合に就き米山、新海両部長がこれを援助して作業を開始しようとしたところその場に待機していた活版部員のうち約三十名は被控訴人毛利、同中屋の指揮命令により前記三名を中心にスクラムを組み右職員等を大組台と共に二重に取囲んで十数分の間円周運動をして同人等の作業を妨げ被控訴人毛利はスクラム内に取囲まれながら大組台を倒すまいとこれを掴まえていた米山部長を大組台からスクラム外に無理に引張り出そうとしたため同人の左手小指に治療日数五日を要する傷害を被らしめ被控訴人吉村は右現場において黒住編集局長から右活版部員等の業務妨害の現状を指摘しつつ「組合員外の部長以上で作業するのを妨害するな」詰問されるや「あなたは団協が無効であるとの裁判所の判決書を持つて来たか、職場は組合員のものである支部員以外の者を以て作業するのは団協に違反する」と応酬し午後八時四十分頃右職員等をしてかかる喧噪裡において重要な版組作業を継続することは到底不能であると断念せしめて引揚げるのやむなきに至らしめたが、これがため当日発行の新聞は平常通り輸送されたのは僅かに五万九千部、列車に積遅れたためトラツクで輸送されたもの九万八千部で他の四十七万部は全部一日遅れとして追送さるるの余儀なきに至らしめ以て控訴会社に対し莫大な損害を被らせた事実が疎明せられる。叙上の事実に徴すれば被控訴人等のなした業務妨害の所為は短時間ではあつたというものの新聞発刊に際し最も火急を要する寸時の間に行われたものであり又その結果生じた甚大な損害と新聞紙の持つ重大使命に鑑みるときは争議行為として正当な限界を逸脱した違法なものであると断定せざるを得ない。

よつて進んで本件解雇が正当であるかどうかについて考察すると控訴会社は右の解雇処分は被控訴人等の所為が就業規則第十条第十一条第四号第六十五条第一項第六第九第十一号第六十六条第四項に該当するから同規則によつて処分したものであると主張し被控訴人等は控訴会社のいう就業規則は団体協約(乙号)に基くものであるから同協約が失効している以上就業規則も亦当然失効している又控訴会社は初め甲第二号証の案を示して組合に意見を求めて来たが組合はこれに対し意見を拒否した意見を具してしかも甲第二号証の案と異る就業規則を届出ているのであるから何等の拘束力がないのであると主張するので先ずこの点について案ずると成立に争のない甲第九号証乙第四号証の二、三前示乙第九、第十号証及び当裁判所においてその成立を認める乙第四号証の一を綜合すれば控訴会社の就業規則の前文には被控訴人等の主張するように前記団体協約乙号に則つて定めた旨の文言があるが、これは労働基準法第八十九条、第百二十七条同法施行規則第四十九条により同法施行後六ケ月内にすなわち昭和二十三年三月一日現在において就業規則の届出をしなければならないことになつていたので控訴会社においては予てからその準備をして前の組合に対し意見を求めたが当時両者間に団体協約の改訂について交渉中であつたため同年二月末両者の経営協議会において組合側は就業規則は団体協約との関連もあるから会社と組合と協議して決めると申出て意見書を提出せず控訴会社において就業規則の届出を怠つているうち前段において認定したように組合側に変更がありその後においても団体協約について交渉中であつたが纒らず同年八月九日新組合朝日支部から意見書(甲第九号証)の提出があつたので三月一日現在における届出義務を果すため同就業規則はその当時存続していた団体協約乙号に則つて定めた旨を記載したに過きずこれがため失効した同協約を追認した趣旨でないことが明かであり控訴会社は右の意見書を具して同月十一日その届出をなし同月十八日正式に受理されたものであることが疎明される。被控訴人等は右届出でられた就業規則は当初組合に意見を求めて来た甲第二号証の案と異る内容のものであるから何等拘束力がないと主張するけれどもこれを疎明するに足る資料がない。されば右就業規則は合法的に成立しており団体協約乙号と運命を共にすることなくその効力を保有するものというべきである。而して該就業規則によれば前段において認定した被控訴人等のなした業務妨害の所為は控訴会社の主張する各条項に該当し控訴会社に解雇権の存することが疎明される。而して被控訴人等の雇傭についてはいずれも期間の定めのないこと及び控訴会社が本件解雇の通告と共に予告期間に相当する日数に応じた賃金を提供したが被控訴人等においてその受領を拒絶したためこれを供託したことは当事者間に争のないところであるから控訴会社の被控訴人等に対する解雇は正当であるといわなければならない。

然るに被控訴人等は本件解雇は労働組合法第十一条に違反し無効であると主張するけれども既に前段において認定したように本件争議行為は正当な限界を逸脱している違法なものであるから同条に違反しないことは自ら明かであるから右の主張は失当である。

更に又被控訴人等は本件解雇は労働関係調整法第四十条に違反し無効であると主張するのでこの点について案すると、惟うに同条は労働者の争議行為に対抗するためになされるであらうところの使用者の行為に制限を加えることを目的として制定され使用者に対し労働委員会の同意を得ずして労働者に対する不利益な処遇をすることを禁止した規定であつてその労働委員会の同意なるものは該禁止を解除する効果を有するのみであつて当該行為の有効無効すなわち、司法的価値判断を決定する効果を有するものでないことは同条が行政法規たる本質上極めて明白であるといわなければならない。されば縦令元来労働委員の同意を要すべき場合においても一旦事件が裁判所に係属し当該行為の効力が争われている場合においては、労働委員会の同意を得なかつたという禁止規定違反の責任問題とは別個に当該行為の効力については裁判所が実体的に最終的判断をなし得べくこの場合には労働委員会の同意はこれを要しないものと解すべきが相当である。而して本件において既に前段において認定したように被控訴人等のなした争議行為は違法なものであり且又控訴会社の就業規則によれば解雇権発生の原因に該当するのであつて本件解雇が前段において認定したように有効である以上労働委員会の同意の有無は問題とするを要しないものというべく従つて右の主張も亦理由がない。

されば被控訴人等が本件解雇を無効であると主張して控訴会社の従業員たる仮の地位の設定を求める本件仮処分命令の申請は失当としてこれを却下すべきである。よつてこれを認容した原判決は不当で本件控訴は理由があるから民事訴訟法第三百八十六条第九十六条第八十九条第九十三条第七百五十六条の二を適用して主文のように判決する。(昭和二四年四月四日福岡高等裁判所)

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